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After living in the United States for 15 years, I came back to my hometown Matsue, a small city in the western part of Japan, in November 2014. I imposed a simple rule on myself. Use only American saltwater lures for at least one year and report what they catch...... When a year had passed since then, I decided not to lift this ridiculous restriction. I am still using only American lures.(2014年11月、15年間のアメリカ生活を終え、島根県松江市に帰郷した私は、自分自身に一つのルールを課しました。少なくとも1年間、アメリカのソルトルアーだけを使い、釣果を報告すること......。そして1年が経過した時、私は、この馬鹿馬鹿しい制約を解除しないことに決めました。今もまだ、アメリカのルアーだけを使っているのです。)

Jun 6, 2025

(No. 1315) Can Fish Suffer PTSD? (魚にもPTSDはあるのか?)


I reported on my last post that I had forgotten all the worldly things and gotten in a state of perfect selflessness while cutting weeds in the woods yesterday. Indeed worldly things were gone, but a few otherworldly things popped up in my mind. One of them was a terrifying question; Can fish suffer PTSD? PTSD stands for Post-Traumatic Stress Disorder. There were two times in my life when I was made especially familiar to the concept of PTSD. The first was in 1995. The Tokyo subway sarin attack happened in that year, and I was in the center of Tokyo when it happened. The second was in 2001. The 9/11 attacks happened in that year, and I was in Manhattan when it happened. So I think I know a few basic things about PTSD. Yesterday, when I was cutting weeds on the path to Safuki-bana, I remembered a book about fish, “Sakana nimo Jibun ga Wakaru” (Fish know who they are) by Masanori Kohda. I wrote about this exciting book two years ago (No. 1073). According to Mr. Kohda, fish might have “kokoro”(mind/heart/spirit) like us humans. A harrowing idea occurred to me in the woods yesterday.
(前回の投稿で私は、昨日、林の中で雑草を刈りながら、世俗的な雑念が消え、無我の境地に陥ったと書きました。確かに世俗的なことは消え去ったものの、逆にいくつか、浮世離れした超俗的な考えが頭に浮かんだのです。その一つは、恐ろしい疑問でした。魚にもPTSDはあるのでしょうか? PTSDとは、心的外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder)の略です。これまでの人生において私には、PTSDという概念をとりわけ身近に感じさせられた出来事が二つありました。一つ目は1995年です。地下鉄サリン事件が起きた年であり、私はその時、都心にいたのです。二つ目は2001年です。9/11の同時多発テロが起きた年であり、私はその時、マンハッタンにいたのです。なので私は、PTSDについて、基本的なことならある程度、承知しているつもりです。昨日、サフキ鼻へと至る小道の草刈りをしていた時、魚に関するある本を思い出しました。幸田正典氏の『魚にも自分がわかる』です。私は2年前、この刺激的な本について書きました(No. 1073)。幸田さんによると、魚にも、人間と同じような「心」があるか​​もしれないそうです。そして昨日、林の中でふと、恐ろしい考えが頭に浮かんだのです。)
“If fish had kokoro, then fish might be able to suffer PTSD. Put myself in fish shoes. I am a fish happily swimming in the sea. I find a meal that looks so tasty. I bite it. Then suddenly my mouth gets pulled by something invisible. The force is so strong that I get instantly panicked. I try to desperately swim away in the opposite direction of the force. It’s like a tug of war with an invisible monster. I fight. I fight as hard as possible, but suddenly I am not able to breathe. I cannot breathe!! Suddenly I am surrounded with nothing!! I am in complete emptiness!! I cannot breathe!! Then, a series of strangest things in the world happens to me while I am getting unconscious. I see a giant creature with one head and four limbs holding my body, screaming something unintelligible, directing a small gadget toward me, and saying something again to me. Then, I suddenly get able to breathe again!! I am surrounded again with that familiar transparent liquid!! I can swim again!! Everything is back to normal again!! … But, to be honest, there has been something amiss with me since then. I suffer flashbacks and nightmares of that mysterious event. Someone please tell me. What really happened to me on that day? I don’t know… I am scared…” If a further study confirms that fish could suffer PTSD, we will not be able to release them as we do now. It will not be enough just to say "Thank you" to fish while gently releasing them into the water. Even if fish look normal in the water and successfully swim away, their “kokoro” might be profoundly, and potentially irrevocably, damaged. Can fish suffer PTSD?
(「魚に心があるのなら、魚もPTSDになるのではないか。魚の立場になって考えてみよう。私は、海の中を幸せそうに泳いでいる魚である。美味しそうな食事を見つけたので、一口かじってみる。すると突然、目に見えない何かに口を引っ張られてしまう。その力はとても強く、私は一瞬でパニックに陥る。私は死に物狂いとなり、その力と反対の方向へ逃げようとする。まるで、目に見えない怪物との綱引きだ。私は抵抗する。私は必死に抵抗するが、突然、息ができなくなる。息ができない!! 突然、周囲に何もない!! 私は完全な無の中にいる!! 息ができない!! 私は意識を失っていきながら、世にも奇妙な出来事が次々と起きていくのを目にする。頭が1つで手足が4つの巨大な生き物が、私の体をつかみ、意味不明な何かを叫び、小さな機械を私に向けたかと思うと、また何かを言う。すると突然、私は再び息ができるようになる!! 馴染み深いあの透明な液体が、再び体を包んでくれる!! 私はまた泳ぐ!! すべて元通りになる!! …でも、正直に言うと、あれ以来、何かがおかしい。あの不可解な出来事のフラッシュバックや悪夢がやって来る。誰か教えてほしい。あの日、本当のところ何が、私の身に起きたのかを。私にはわからない…私は怖い…」 。もしも、さらに研究が進み、魚がPTSDを患うことが確認されれば、私たちは今のように魚をリリースすることはできなくなるでしょう。「ありがとう」と魚に言って優しく水中に放つだけでは、十分ではなくなるでしょう。たとえその魚が水中で普通に見え、無事に泳ぎ去ったとしても、彼らの「心」は深々と、そしてもしかしたら取り返しがつかないほど、傷ついているのかもしれません。魚にもPTSDはあるのでしょうか?)

3 comments:

  1.  “釣られた魚はPTSDで悪夢を見るか?”なかなか面白い問いですね。
     人と同じようにPTSDの判断基準に合致するような心的外傷を負うかどうかは分かりませんが、一度釣られた魚はそのことを記憶していて、しばらくの間餌を食うのを慎重に警戒して行うようになると川村軍蔵先生の著書で読んだことがあります。コイでの実験ではおよそ半年間はそういう行動をみせたそうです。
     よく大型の魚は警戒心が強いから大きくなるまで釣られなかったという釣り人がいますが、事実は逆です。警戒心無くバクバク餌を食わなければ大きく成長できません。大型の魚は警戒心が薄く、かつ釣り人のハリにかからない行動パターンを持つという、ある種矛盾した存在だと私は思っています。
     動物の行動を人間目線で擬人化して考えることの誤りの反動から、動物は(あるいは植物や菌類も)本能や遺伝子に機械的に突き動かされているだけの存在だとされた時代もありましたが、現在は魚も身だしなみに気を遣い、小鳥が文章を綴ることもあると知られるようになってきました。となると当たり前ですが感情はあると私は思います。それが人間のように複雑なモノではなく萌芽的なモノだとしてもです。50年以上にわたって生き物を見てきてそう確信しています。

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    1. ナマジさん、コメントありがとうございます。

      話が脱線しますが、ナマジさんの
      “釣られた魚はPTSDで悪夢を見るか?”
      という書き方に、そこはかとなくフィリップ・K・ディックの影響が感じられるのは私だけでしょうか。

      実は私も最初、「アンバージャックはPTSDの悪夢を見るか?(Do Amberjacks Have Nightmares of PTSD?)」というタイトルにしようかと思ったのですが、

      なんのことだか分からない人もいるのではないかと思い、また「アンバージャック」に限定される形になるのもどうかと思い、控えたのでした。

      リリースの際、魚に対し自己満足的に感謝するだけでは全く不十分と判明した未来の世界では、魚用の笑気ガスのようなものが開発されており、それを魚にシュッとしたら、魚の「心」からトラウマが消える、というようにならないかと夢想しています。

      で、釣具店に行くと、「PEにシュッ!」の横に「釣った魚にシュッ!」という名称で売られていたりして。

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  2.  ”アンドロ羊(略称)”は格好いいタイトルなので、あちこちでパロディーに使わせてもらってます。
     魚を傷つけて楽しむ釣りという遊びについて、ナニが正しく望ましいか、難しい問題で、いっそやらなきゃ良いって言われてしまえばそれまでだけど、やらないわけにいかないのなら、そのことを考え続けることと、魚の命で遊んでる残酷さから目を背けないようにとは思っています。答の無い問いかもしれません。
     魚は心に傷を負うのか?その場合どうすべきか?考えるに値する問いだと思いました。

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